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馬産地に生まれて、装蹄師として生きる

2024.10.02

語り:装蹄師 宮下裕行

馬蹄師という職業があります。
その名のとおり、馬の蹄の世話をする職人です。
蹄を削り形を整え、蹄鉄を打ったりと、
すごく簡単に言えば馬のネイリスト、
競走馬であれば、F1のメカニックのような存在です。
その仕事の出来が、走りに大きく影響してきます。
もちろん、馬体に触れ、大事な蹄の世話をするためには、
専門的な知識と技術が必要です。
馬の心を理解する、経験も欠かせません。
そんな名馬の故郷を支える装蹄師を知るために
装蹄師・宮下裕行さんのお仕事に同行。
お話を聞かせていただきました。

競走馬はだいたい、1歳を迎えるころに蹄鉄を付けます。トレーニングをすると、どうしても爪が減ったり、割れてきたりしてしまうからです。

大人の馬はそれほど変わらないですけど、仔馬の場合は爪がどんどん大きくなっていくので、蹄鉄の形状やサイズも変えていかないといけないんですね。基本的には3〜4週間の周期ごとに一回、蹄鉄を外して爪を切ります。定期的にやらないと、足に負担がかかるので。

蹄鉄にはすでにできあがっているものがあって、それぞれの馬の爪の形に合わせてそれをさらに調整して、直接爪に釘で打ち付けます。爪がボロボロで釘が打てない場合は、樹脂系のボンドで留めてあげることもありますね。

乗用馬と競走馬じゃ、使う蹄鉄の種類も異なります。競走馬の蹄鉄は、アルミニウム製で軽いんです。鉄製の蹄鉄は焼いて、赤くなったら叩いて形を整えて、馬に合わせてやる。オーダーメイドです。装蹄師は鍛冶屋みたいなものかもしれませんね。

若いころは装蹄師の競技会にも出ていました。馬を渡されて、その場で爪を見て、一本の棒から蹄鉄を作って付けて、できあがりを審査してもらうんです。夏場は工房で汗だくになって練習してましたよ。

当時はここの工房じゃないんですけどね。ここは外国人の装蹄師が使っていたところを、国に帰るからっていうんで買い取ったんです。ニュージーランドの人でした。

この仕事を目指したきっかけは、装蹄師だった叔父。装蹄師というより、むしろ叔父に憧れてたんです。もう見た目から、飲み方から、車から、めちゃくちゃカッコよかった。ああ、同じ仕事がしたいって。でも、なにも知らずに入ったらね、とんでもない世界で(笑)。それこそ、ギャップがすごかった。厳しくて。でも辞めなかったですね。

自分が高校生のとき、装蹄師になるって決めたころに叔父は亡くなっちゃったんですよ、若くして。本当は叔父のところで修行しようと思ってたんですけど、周りからの話もあって、装蹄学校を卒業したらすぐ、海外に行きました。オーストラリアに1年、帰国して4年後に今度はニュージーランドに1年。そこからは、ずっと日高にいます。今度、静内に工房を新しく持つ予定です。

装蹄師って、ただ蹄鉄をはめたり、爪を切ったりするだけではないんです。馬の足のバランスを見て、微調整しながらやっていく。

まず爪を切る前に馬を歩かせて、歩き方や爪の形、爪の生えている方向などを見ます。子どものうちになんとかしておかないと、曲がった姿勢のまま競走馬になる。足が曲がっていると不具合が起きるので、いまのうちに矯正しておかないと、いろんな支障が出てくるんです。競争成績が悪いと、馬の価値も下がります。

ときにレントゲンを撮って、中の骨の角度を調べることもありますよ。そこは経験がモノを言いますね。

自分だけでできる治療もあるんですけど、手術しなければならないくらいの足曲がりは獣医さんと相談しながら治療するんです。ほかにも牧場スタッフに餌の管理をしてもらったり、運動制限をしてなるべく骨に刺激を与えないようにしてもらったりといった連携は不可欠ですね。放牧地の地面を調査する人もいます。

生き物相手ですし、爪の切り方間違えただけでとんでもない結果が出ることがあるから慎重になります。馬も慣れてないと嫌がりますしね。暴れたり動いたり、蹴ったり。牧場スタッフが、普段の手入れのときから足を触ったりトントン叩いたり、トレーニングをしてくれているので、最近はやりやすいです。

昔は誰にも触られたことのないような馬を相手に、ガンガン蹴られたりしながら無理やり爪を切ったりしていました。でも嫌がってるのに蹄鉄を打つと、次回の装蹄のとき、馬もトラウマになっちゃってダメなんですよね。あとは、馬にストレスをかけないように手早く終えるのも大事です。ダラダラやってると馬も飽きてきて暴れることがあるんで、迅速に、が基本。

まあ、仔馬のころから見ていると、愛着湧くっちゃ湧きますね。他の牧場に移動しちゃう馬も結構多いんですけど、たまに別の牧場行って、自分が担当している牧場出身の子がいたら、おお〜大きくなったな!って思いますね。

爪を見て思い出すんですよ。なんかこの爪見たことあるな…と思って名前を見たら、あれ?お前!って。

自分は18で装蹄学校行って、キャリアは24〜5年になります。もう全然、まだまだ若造ですよ。馬を見ただけですべてがわかる、神のような先輩もいますから。装蹄師自体、まだ全然足りてないので、後継者をどう残すかが今後の課題ですね。決して儲からない仕事ではありませんが、厳しい世界なので。

でも、足が曲がったり爪の病気で歩けなくなったりした馬が、装蹄治療を施すことで歩けるようになるとうれしいですね。自分が手がけた馬がレースで勝っても、もちろんうれしいです。それが、厳しい世界でもこの仕事を続けられてる理由ですかね。当たらないから、馬券は買わないけど(笑)。

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