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26年越しの邂逅「僕と彼とピーマンと」 第2話

第2話 立桶くんを訪ねて新冠の山里へ

第1話はコチラ!

 どこまでも広がる青々とした芝に、優雅な馬たちのフォルムがアクセントを添える。新冠屈指の名所・サラブレッド銀座をトヨタの20年落ちウィンダムのこなれた3Lエンジンが心地よい唸りを上げて突き進む。この道はディマシオ美術館のグランピング事業立ち上げの打合せで幾度となく通った、言わば通勤経路。だが、今日は見知った顔が待っているグランピング事務所ではなく、アポなしで訪問する立桶農園。車の加速とは裏腹に、心は時々ブレーキを踏む。

 無限に続いているかのように見えた競走馬の牧場もやがて途切れ、原野の中に休耕地と思しき畑の混じった荒々しい風景に切り替わる。ここ数年、都市部でも熊や鹿、狐などの野生動物が出没し、度々騒ぎになっている。僕の職場でも鹿と衝突して車が損傷したという話は何度か聞いている。新冠の奥地であれば、いつそうなっても不思議ではない。カーブが続く山道の両脇の茂みに注意を向けながら、エンジンブレーキを交え慎重にアクセルを操作する。

 途中いくつかの集落を通り過ぎ、再び山道を10分ほど走る。右手に朽ち果てたサイロが見えると間もなくディマシオ美術館。立桶くんの住む集落「里平(リビラ)」に行くには更にもう一山越える。それまではディマシオ美術館のある太陽集落が僕にとって新冠の果てだった。ここからさらに奥に進むというのは、宇宙の果てを思う時の浪漫に近い感覚を覚える。

 ディマシオ美術館前の交差点を右折し、里平方面への山道に入った。5分ほど進んだ辺りで恐れていた事態に遭遇する。経験したことのない威圧感と戦慄。100mほど先に紛れもなくヒグマが歩いている。山道で道路幅も狭くUターンはできない。ヒグマがその気になれば、車のフロントガラスなど簡単に破られてしまうだろう。車を停めて息をひそめながら、ヒグマが森の中へ入るのを待った。

 事なきを得て、山道をさらに5分ほど進むと大きく空が開けてくる。里平集落に到着した。童謡「ふるさと」の歌詞(兎追いし~)を彷彿とさせるようなのどかな田園風景が広がる。その中にあって目を引く白い建物に気づき、カーナビに目を落とすと、里平小学校であることがわかった。調べると2018年に閉校となっていた。田園の中、わいわいと登校する子どもたちの楽しそうな姿、かつて賑わっていたであろう山里の生活を想像し、しばし感傷に浸る。

 立桶くんが経営する立桶農園の場所は、事前に電話帳とGoogleマップを使って調べていたので、迷うことなく見つけられた。何棟も並ぶビニールハウスの合間に民家が見えた。意を決して民家の脇に車を進めると、奥の作業場で手を動かす人たちの姿があった。60歳代と思われる女性がこちらに気づき、作業の手を止めたので、僕は女性のもとへ駆け寄り、立桶くんの所在を聞いてみた。「いま、ハウスの方で作業中だから。途中に入る道があるから行ってみて。」と、大量のピーマンを選別していた女性はジェスチャーを交え、親切に案内してくれた。

 一旦敷地から出て、左に車を50mほど進めると案内の通りビニールハウスにつながる作業道路があった。セダンの車高で乗り入れることに少しだけ躊躇したが、腹をつかえることなく一段下がったビニールハウス棟の前に下り、停車させた。3棟ほど奥のビニールハウスに精悍な雰囲気を放つ農夫がいた。こちらに気づき、歩み寄ってくる。近づき、顔が判然としてくると浅黒く日焼けしていたが、かつての立桶くんの面影を感じさせる男がそこにいた。いぶかしげに僕の顔と作業着の会社名に目線を向ける。(この日は休日だったが、身元を明らかにするため、会社名と苗字の刺繡が入った作業着を着て行った。)

 農家は建設会社との取引もよくあるようで、立桶くんは「何か仕事を頼んでいたかなぁ」と考えを巡らせている様子だった。さすがに気づかないかと思い、「高校で一緒だった、と…」まで言いかけた時に、立桶くんが「あ!とくさん!?」と驚きの声を上げ、同時に彼の表情から曇りが消えた。高校卒業以来、26年越しの邂逅の瞬間だった。

(次回へ続く)