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新冠いいとこ・らしい日記
#1

新冠はいいとこ・らしい日記 #1

文:本谷有希子

 朝、寝る前に何度も設定できているか確認した目覚ましを止めて、無事、起床。これもやはり前日の晩、死ぬほど確認した乗り換え案内のスクショ画面を開いたまま、スマホと、荷物と、子供たちを連れて家を出る。午前11時には絶対に成田空港に着いていなければならない。新千歳新千歳絶対に新千歳空港に到着する! と暗示をかけながら配車しておいたタクシーに乗り込む。

 最近〈うっかり〉ぶりに一段と磨きがかかり、私はもう自分という人間の、何も信じられない。そもそも、これから乗る飛行機の航空券も細心の注意を払ったのに違う便を取ってしまい、みんなと別行動になったのだ。今、「早く早く!」と子供の手を引いて飛び乗ったものが本当に山手線内回りであるのかも、今が本当に午前9時20分であるのかも、そもそも出発日が間違いなく今日なのかも、私が行く先は北海道新冠でいいいのかすら、嫌というほど確認していながら、やはり全て私の思い込みなのではないか、という恐怖から逃れることができない。

 航空会社のカウンターの中の女の人が「実はチケットが取れてない」とか言ってきそうで怖い! と挙動不審になりながらチェックインを済ませ、機内持ち込みするつもりのスーツケースが「実はサイズオーバーしてます」と言われそうで怖い! と震えながら搭乗ゲートを通過する。結果、余裕を持って行動したおかげで、搭乗開始時刻二十分前――ここまできたら流石に大丈夫だろうと、搭乗ゲートが見えるキッズエリアで子供たちをたっぷり遊ばせ、この旅行でお世話になるPさんにお土産を買い、乗客の列の最後尾に並んでいざ搭乗しようとしたら、「荷物には機内持ち込みを証明するオレンジ色のリボンが巻かれていなければならない」と止められ、咳き込みながら200mスーツケースを引きずりながら走って、リボンを貰う。何故、十分前の私は「他の乗客の荷物には全てオレンジのリボンが巻かれているなあ」としか思わなかったのだろう。飛行機の通路で待つのは嫌だと最後尾に並んだせいで、航空会社の人が、ヤキモキしながら、戻る私を待っている。

 新千歳に無事、到着。朝からの心労でやられ、ソフトクリームでも食べて休憩したかったのに迎えに来ていた夫のKが降車口につけた車で待機していたため、即、移動。私の不機嫌を空気で察したKが、「どうして来た瞬間、そんなに人のバイブス下げられるの?」と聞いてくる。

 窓を開けると、乾燥した土と、肥料と、生命力逞しい緑の匂いが一気に流れ込む。どっしりとした、おおらかな自然に目をやりながら、ああ、やっぱソフトクリーム食べたかったな、と思う。

 今回滞在させてもらう、山の家に到着する。見渡す限り自然と牧場しかない、本当に〈山の家〉。私にとって二度目の新冠訪問だ。子供達は夏休みの旅行だとはしゃいでいるけれど、私は仕事を持って来ているのでお借りした一軒家の子供部屋を、自分の作業部屋にすると初めから決めていた。あとから来た二家族も合流して、早速何も予定のない、贅沢な時間をそれぞれ過ごし始めるが、私は子供部屋を作業スペースにすることしか考えられなくなっている。

 〈リサイクルショップ 近くの〉で、検索すると、静内イオンの向かい側にある『なんでもリサイクル ビッグバン』が出てくる。北海道まで来て、新冠まで来て、自分の一番行きたいところが〈なんでもリサイクル ビッグバン〉であることに様々な感情が湧き上がるが、どうすることもできない。

私はビッグバンに行きたくて行きたくて堪らなかった。

#2につづく