銭湯、ラーメン、そしてゲストハウス。
大久保直幸さんは、昭和29年に創業した銭湯「まさご湯」の3代目。同時に、隣接する「ラーメンまさご」のオーナーでもあります。
人口減に伴い衰退してゆく地元・浦河町の行く末を憂いて、周りの助言から新たに「ゲストハウスMASAGO」を誕生させました。
銭湯、ラーメン、ゲストハウスという異色の組み合わせで、大久保さんは、この町に人を呼び戻そうと奔走しています。
──大久保さんは、ずっと浦河にいらっしゃるんですか?
大久保:もともとは、アパレルの営業マンで札幌勤務でした。中学までは浦河にいて、高校から地元を離れて、戻ってきたのが平成7年。で、じいさんが始めた銭湯で、ラーメン屋をやり出したんです。
──銭湯でラーメンというのはどういう経緯で?
大久保:銭湯の延長で親父がサウナも始めたんですけど、食べるものがなかったので、お客さんがよく出前をとってたんです。それが結構多かったんで、ウチでなにか出せば多少食べてくれるかな?と思って。
そしたら「大久保さんラーメンやるなら教えてあげるよ」って、行列のできるラーメン屋の社長が声をかけてくれたんです。運がよかったんですね。
でも日々接客してると、町からどんどん人がいなくなっていくのを肌で実感するんです。これじゃヤバいな、って外貨を稼ぐこと考えて、餃子の加工場も始めました。元営業マンですから、「こういうところに行けば餃子を買ってもらえる」ということがわかるというか。それで、どんどん販路を拡大していったんですね。
──ラーメンに続き、餃子まで。ゲストハウスをやることになったのはどういう経緯ですか?
大久保:第三セクターにより、浦河だけでなく近隣の様似、三石、静内、新冠にパークゴルフ場ができて、温泉も掘られて、徐々に客離れが進んでいったの。それで、餃子だけではまずかろう、と。
何かいいものないかな?と思っていたら、Uターンして帰ってきた若い子たちが「ゲストハウスやシェアハウスはアリですよ!」って言うんです。そうか、と思って、もともと家族風呂とサウナがあった2階を補助金活用しながら改装して、ゲストハウスにしました。彼らも手伝ってくれましたよ。それが2018年。
──リモートワークのスペースがちゃんと完備されているということは、ワーケーションのニーズも?
大久保:ええ、役場でも、こういうスペースを作ってほしいということでね。
大久保:「ふるさとワーキングホリデー」っていう総務省のサイトがあるんですけど、そこで検索して行き先を見つけて、大学生なんかも長期休みに地方の自然のなかで働きながら過ごそうっていうモチベーションで浦河に来るんですよね。住み込みで。ウチでも雇います。すごいよね、もうみんな優秀で。
年に1回、3週間ほど来て、夏場だけでも20人くらい。冬は冬で全国から来てくれるよ。ゲストハウスだから入居者同士のコミュニケーションもあって、そこから知り合いになったり。
──カップルが成立したり?
大久保:ああ、そんなこともあるね。
大学生のワーホリってさっき話したじゃない?その子たち、社会人になってもさ、来るのさ。卒業して「その節はお世話になりました」って。
こないだ移住イベントで大阪に行ったらさ、4人の子どもたちが来てくれて。いやぁありがたいね。おじさんのところに寄ってくれるんだわ。「就職決まったんで、あいさつに来ました」って。
──移住しなくても関係人口として浦河に関わり続けてくれるのはうれしいですね。
大久保:ゲストハウスができたのは2018年だけど、移住促進業務に関しては、私もっと古いんです。結構長いんですよ。
──どのくらいから?
大久保:10年以上前。浦河が移住促進に力を入れ始めたころ、友達と飲んでたらね、「黙って聞いてりゃ行政の批判ばっかりして。おまえ自身はなにかやってんのか?」って言われたんですね。それもそうだな、と。たしかに何もしていない。
それで、役場のお手伝いをするようになったの。
──「うらかわ暮らし案内人」ですね。移住体験「ちょっと暮らし」のサポートがメインと聞いています。
大久保:そう。来た人を案内したり、自然体験をさせたり。
「ちょっと暮らし」には町営住宅を使っていたのですが、もう古くなってしまっていたので、廃線になったJR日高線の官舎を買って整備しました。それが終わったので、そこを体験住宅として貸し出そうとしています。
──体験住宅、壁のイラストが素敵ですね。
大久保:東京から来てくれるイラストレーターが描いてくれたんだ。3年くらい前に知り合って、この間は彼氏を連れてきてくれたよ。
──移住で浦河を選択する人って、どんな理由が多いんですか?
大久保:ここはね、なんていうんでしょう、そんなに田舎じゃないんですよ。人口は1万3000人ほど。ある程度文化施設もあり、医療機関や官公庁もあり、日高の中心なわけです。暮らしやすさに加えて海の幸、山の幸ともに豊富なんですよね。
──釣りや山菜取りもされていますもんね。もともとよくやっていらっしゃったんですか?
大久保:うん。昔からここで遊んでた。最近はお客さんが声をかけてくれて、案内してますよ。ラーメン、風呂、ゲストハウス、餃子の加工。いや、忙しい忙しい。
──コロナ禍で移住者は増えましたか?
大久保:移住施策を始めてからはもう数えきれないくらい増えたけど、コロナという意味ではワーケーションは増えたかな。
あと面白いもんで、オーストラリアからここにきた子がいて。1週間から10日くらいいたのかな。おまえ何しに来たのよ、って言ったら、成田から北海道で働こうと思って来ましたって。札幌のホテルに勤めようと思ってたって。札幌じゃなくていいんだべよ?って聞いたら、はいって言うから浦河のホテル紹介して、いま働いてる。
今までは掃除が担当だったんですけど、本採用でフロント業務につくことになったみたいなので、お祝いで一杯飲んでました、ふたりで。
──大久保さんがきっかけで移住した人と、関係性が続いていくのは素敵ですね。これからの野望はありますか?
大久保:野望か…。浦河は交通の便が悪いでしょう。新千歳空港からどうやって行くのかってよく聞かれるんだけど、悲しいかな、本当に不便で。でも、これからもゲストハウスやうらかわ暮らし案内人を続けて、もっと増やしたいね、いろんな交流人口。
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