Hi-MAG北海道・日高の
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ナニヲオモヒテシゴトトスルカ

2024.01.18

師走の初頭から筆を待つ。

今年の冬は例外なく暖かくお天道様に感謝する日が多い。

さて、銀鱗 高槻商店という昭和5年から続く鮮魚店の4代目として板場に立っているのだが昭和の初めから続く鮮魚店に足を運んで頂くお客様もお天道様と同じくポカポカと暖かいワケで。

私が3代目の高槻商店の女将さんの元に籍を移してからずっと私や店の事を見守って頂いているお付き合いの長いお客様が何十人もいらっしゃいます。

あの時、

右も左も前も後ろもわからない

あの頃から

なにひとつ変わらず、

「お兄ちゃんありがとうね。また来るからね」

と、

温かい眼差しと声を掛けてくださるお客様。

このありきたりで何の気無い一言を

掘り起こした時、見えない心の扉がそっと優しく開くのでした。

当たり前の様で当たり前では無い

そのありがとうの一声は

言われて当然と思えば当たり前になり

お相手を尊い、想えば当たり前では無い言葉と変わるのです。

言葉の持つ温度感も180度違い

冷たくも温かくも感じることができるのです。

【有難う】

そこに有ることが難しいと書く。

コロナ禍も経験し赤潮も経験しました。

当たり前であったあの日を境に当たり前ではなくなった日が続く。

今一度

見つめ直すタイミングが目の前にありました。

お客様の「ありがとうね。また来るね。」

が聞きたく今よりももっと

氣を入れて志す事をしよう。

【食育】を大事に

お客様の食卓を笑顔にする事、

これを志事としよう。と。

もうひとつ、

ありがとう は、

【在我尊】

とも書く。

私の存在もまた尊いものという意味であり

私があり、お相手がある。

そしてまたお相手があるから自分がある

かのメンズコミックの重鎮

武論尊氏の言葉を拝借するのならば

この一言に尽きるのではなかろうか。

【愛ゆえに】

YO 在我尊 武論尊。yeah

お後がよろしい様で。